養育費の決め方とその履行確保

1 養育費の支払義務

養育費とは、未成熟子の養育に要する費用で、未成熟子の衣食住の費用や教育費、医療費など、子供が社会人として成長、自立するまでに必要な全ての費用をいいます。

離婚によって、子供が父または母のどちらか一方とのみ生活し、監護をうけている場合であっても、一緒に生活していない親との親子関係がなくなるわけではありませんから、子供と一緒に生活していない親も子供に対して養育費を負担し、扶養する義務(民法877条1項)を負います。

時々「子供と面会交流ができないから、養育費を払わない。」と主張がされることがありますが、養育費の支払いは扶養義務に根拠があり、面会交流は子供の福祉がその中心的意義とされていますから、養育費の支払いと面会交流の有無は関連しません。

では、この養育費は、父母の間でどのように分担されるべきなのでしょうか。これは、子供と一緒に生活していない親(以下「義務者」といいます。)が、子供と一緒に生活している親(以下「権利者」といいます。)にいくらを支払うべきか、という問題と捉えることができますので、以下この対立構造で説明して参ります。

2 養育費の金額

義務者が支払うべき養育費の金額については、父母の間で協議が成立していればその金額になりますが、意見があわず、合意ができない場合や、協議ができない場合は、裁判所で調停、審判などを行って金額を決めることになります(離婚訴訟の場合は裁判の中で決まります。)。

それでは、父母の間で合意できない場合、裁判所ではどのくらいの金額を支払うよう決められるのでしょうか。 養育費の分担義務は、自分の生活を保持するのと同程度の生活を保持させる義務(生活保持義務)とされていて、生活扶助義務(自分の生活を犠牲にしない限度で被扶養者の最低限度の生活扶助を行う義務)と比べると重い義務とされ、支払うべき金額も多くなっています。

具体的金額は、義務者と権利者の双方の総収入から、公租公課(所得税、住民税、社会保険料)や職業費(被服費、交通費、通信費、交際費などの必要経費)、特別経費(住居費、医療費)を控除して基礎収入を出します。次に、基礎収入を元に子供にあてられるべき生活費を認定します。その上で、これを義務者と権利者の収入の割合に按分して、義務者の負担分を認定するという手法がとられています。

もっとも、近年は、義務者が支払うべき養育費の金額は、養育費・婚姻費用算定表(以下「算定表」といいます。実際の算定表については、http://www.courts.go.jp/tokyo-f/vcms_lf/santeihyo.pdf(※3) を御覧ください。)を参考に、簡易迅速に決定されることがほとんどです。算定表は、上記の考え方をベースに作成されたものですが、実際の収入から控除する金額は、実額ではなく、標準化された理論値や推計値を用い、また子供の年齢に応じて標準化した生活費指数を使って、三段階の計算式(※1)により支払われるべき養育費を算出し、その上で、その算出した値を、子供の人数や年齢により場合分けしたケース毎に、義務者と権利者それぞれの年収に応じてプロットして作成されています。 算定表の横軸は権利者の総収入(年収)、縦軸には義務者の総収入(年収)がそれぞれ記載されていて、権利者と義務者の収入欄を給与所得者と自営業者の区別に従って選択し、選んだ権利者の収入欄を上に、義務者の収入欄を右に伸ばし、両者が交差する欄に示されている金額が、標準的な養育費の月額を示しています。例えば義務者が給与所得者で年収が500万円、権利者の年収がゼロというケースでの月々の養育費は、子供の年齢や人数に応じて次のよう金額が目安となっています。     

  • 子供が14歳以下1人の場合    4万円から6万円
  • 子供が14歳以下2人の場合    8万円から10万円
  • 子供が15歳以上1人の場合    6万円から8万円
  • 子供が15歳以上2人の場合    10万円から12万円

もっともこの算定表を前提とした場合でも、算定表では想定されていない家族構成の場合どうなるのか、義務者と権利者の総収入をどのように認定するのか、子供に高額な学費や医療費がかかる場合、算定表の金額通りでよいのか等といった点などがしばしば問題となります。 例えば、子供の人数が4人以上の場合、子供が権利者と義務者の世帯に分かれている場合、あるいは義務者に収入のない再婚相手がいる場合などがあり、このような場合は、人数に応じて、前述の三段階の計算式を修正するなどして金額を算出することになります(再婚相手の指数は通常、15歳未満の子と同じ55が用いられます。)

例えば、子供の人数が4人以上の場合、子供が権利者と義務者の世帯に分かれている場合、あるいは義務者に収入のない再婚相手がいる場合などがあり、このような場合は、人数に応じて、前述の三段階の計算式を修正するなどして金額を算出することになります(再婚相手の指数は通常、15歳未満の子と同じ55が用いられます。)。

3 算定に当たっての具体的検討

(1)年収の認定

a 給与所得者の場合
給与所得者の場合は、原則として、源泉徴収票の「支払金額」が総収入と認定されます。
b 自営業者の場合
自営業者の場合は、事業の種類によって、必要経費の割合が大きく変わってくるため、売り上げではなく、課税所得を総収入として扱う ことから、給与所得者とは別の軸が設けられています一般的には、自営業者の場合、確定申告書中の「課税される所得金額」が総収入にあたるものとされていますが、ケースによっては、所得金額から社会保険料控除のみを控除したり、青色申告特別控除の金額や、専従者給与の金額なども現実に支払われていない場合はその金額を加算して認定するなどされています。
なお、減価償却費については、適正な価格であれば、必要経費として控除対象となると考えられています。
自営業者の場合に事実上よく問題となるのは、申告所得が実態を反映していない場合です。
裁判所では確定申告書などの公的書類が所得を認定する資料となりますから、課税所得金額が実態と乖離しているという場合などは、予め、配偶者の正確な年収の把握をしておく必要があります。
c 給与所得と事業所得の両方の収入がある場合
この場合、一方を他方に換算して、合算した額について算定表を利用するなどの運用がされています。例えば義務者の収入について、給与所得が800万円、事業所得が510万円である場合、事業所得 510万円は給与所得700万円に換算されることになっているので、この700万円を給与所得の800万円と合算して、1500万円の給与所得者として算定表を適用します。より厳密に行う場合は、それぞれの収入の基礎収入を算出し、それらの基礎収入の合計を標準算定方式にあてはめることが考えられます。
d 収入に変動がある場合
収入に変動がある場合は、過去2~3年間の平均の収入で認定を行うなどされています。
f 権利者が働けるのに働かず、収入がない場合
権利者の収入がない場合は原則として収入はゼロとして扱われますが、働こうと思えば働けるのに働いていない場合は、収入を推計して算出することもあります。権利者の潜在的稼働能力を認めて推計するかどうかは、権利者の就労歴や健康状態、子供の年齢や健康状態によって判断されることになります。
f 権利者が働けるのに働かず、収入がない場合
権利者の収入がない場合は原則として収入はゼロとして扱われますが、働こうと思えば働けるのに働いていない場合は、収入を推計して算出することもあります。権利者の潜在的稼働能力を認めて推計するかどうかは、権利者の就労歴や健康状態、子供の年齢や健康状態によって判断されることになります。
g 親族からの援助
権利者や義務者が親族からの援助をうけていても、この援助額はそれぞれの収入に加算されないのが原則です。
そのため、婚姻中、義務者の両親などから多額の援助をうけ、裕福な生活をしていたとしても、義務者自身の収入のみが養育費算定の基礎となってしまうため、思ったより養育費が少なくなる場合がありますから、注意が必要です。
h 特有財産
例えば相続財産など、どちらかに特有財産があり、そこから収入があった場合、その収入が加算されるかどうかは、ケースによって異なります。婚姻中、その収入を生計の資としていた場合には、加算される傾向にあります。
i 公的扶助
権利者が、生活保護費を受給していることがありますが、算定表上生活保護費は、公的扶助の補充性から、権利者の収入として考慮されません。もっとも、生活保護受給者が義務者から養育費の支払いをうけた場合、その限度で生活保護費を減額されることがあります。

(2)特別な事情

養育費は、算定表に記載されている金額の範囲内で、各事案の個別的事情を考慮して定められます。もっとも個別的事情といっても、通常の範囲のものは標準化するにあたって、算定表の額の幅の中で既に考慮されているので、算定表の幅を超えた認定がされるのは、この算定表によることが著しく不公平となるような特別な事情がある場合に限られています。

a 私立学校の授業料
算定表では公立中学校、高校に通った場合の学校教育費は考慮されていますが、私立学校の入学金、授業料、交通費、塾代等は考慮されていません。そのため、義務者が私立学校への進学を承諾している場合や、義務者の収入及びその資産の状況等からみて、義務者にこれを負担させることが相当と認められる場合には、算定表の中で既に考慮されている公立学校の費用を超える費用については、権義務者と権利者の収入に按分して、義務者負担分を、養育費に加算して算定する場合があります。
b 高額医療費
算定表では、標準的な医療費の額は、特別経費として考慮していますが、子供に重度の障害があるなど子供に高額な医療費がかかる場合、標準的な医療費の額を超える部分については、義務者と権利者の収入に按分して、義務者負担分を、養育費に加算して算定する場合があります。
c 義務者の負債
当事者の負債の有無や金額は、基本的には考慮されず、算定表の幅の範囲で考慮されるにとどまるのが基本です。
義務者が住宅ローンを支払っている場合に、住宅ローンを考慮するよう主張されることがありますが、住宅ローンは、離婚に伴う財産分与において清算されているはずなので、養育費を算定するにあたっては考慮されない場合が多いようです。
3 支払の始期と終期
養育費の支払い期間は、一般的には、権利者が養育費の請求をした時から、子供が成人に達するまでの期間です。

もっとも、成人になった後も、合意により大学卒業までを支払い期間をするケースもあります。ただ、卒業までとすると留年や留学の時どうするかという問題も生じ得ますから子供の年齢(例えば22歳)で終期を決めておく場合も多くなっています。

逆に、未成熟子とは、自己の資産又は労力で生活ができる能力のない者をさすとされているので(東京高決昭46年3月15日参照)、心身に障害があっって働けない子の場合、養育費の支払義務が続行する可能性があります。
4 増額請求、減額請求
一度決まった養育費も、その後子供が病気になり高額な医療費がかかるようになったなど、事情が変動したことによって、金額を変更することが必要な場合もあります。
金額を変更するには、義務者と権利者との間で合意が必要となりますが、合意ができない場合は、調停などを申し立てて、増額の請求を行います。

一方で、義務者の側からも、収入が減少したなどの理由から、減額請求がされる場合があります。子供をひきとった権利者が第三者と再婚した場合、それだけの理由により、義務者からの減額請求が認められるわけではありませんが、再婚相手と子供が養子縁組をした場合は、義務者からの減額請求が認められる可能性が高くなります。養子縁組により、再婚相手と子供との間に法律上の親子関係が生じるので、子供の扶養義務は、第一次的には権利者と再婚相手が負うことになるからです。

また、義務者が再婚した場合で、その再婚相手に収入がない場合や、再婚相手との間に子供をもうけた場合あるいは再婚相手の連れ子と養子縁組した場合などは、義務者は再婚相手や、再婚相手との間の子供にも扶養義務を負うため、減額請求が認められる可能性が高くなります。
5 養育費の取り決めとその履行確保
養育費の取り決めは、離婚の際に行っておくことが望ましいのですが、協議離婚の場合は、離婚することに精一杯で、養育費のとりきめまでは行わなかったというケースも多々あります。離婚時に養育費の取り決めをする割合は4割程度ですが、そのうち実際に養育費が支払い続けられるのは、その半数程度であるといわれています。

このような状況からすれば、養育費の取り決めは、最初から、調停などの裁判所が関与する手続きで行うか、公正証書を作っておいた方が安心です。

離婚時に取り決めをしなかった場合には、養育費は離婚後でも請求することができますので、当事者間で取り決めをするか,それができない場合には調停を申し立てることとなります。

養育費の取り決めを裁判手続きや公正証書(※2)でしたのに、養育費が支払われなくなった場合、養育費を支払わせる方法として、次のようなものがあります(ただし、履行勧告と履行命令は調停や審判という裁判手続きによって養育費が決まった場合に限られます。)。

直接強制(民事執行法151条の2ほか)
義務者への給与支払者や、義務者の資産の所在がはっきりしている場合、義務者の給与や資産を差し押さえ、強制執行をすることによって養育費を受け取ることができます。特に給与や賃料などの継続的収入を差し押さえる場合、一度差し押さえをすれば、毎月差し押さえる必要はなく、将来の給料や賃料などに対しても差し押さえの効果は及びます。もっとも、差し押さえることができる金額には上限があり、原則として給料から税金と社会保険料、通勤手当を除いた額の2分の1と33万円のどちらか少ない金額が上限となります。なお、給料の差し押さえをすると、裁判所から会社に通知されますから、事前に義務者に対して、差し押さえることを通知すると、義務者が会社に知られることを危惧して、任意の支払いに応じるケースもあります。
間接強制(民事執行法167条の15ほか)
義務者の差し押さえるべき財産の所在がわからない場合は、間接強制金の支払いを命じて、履行するよう心理的圧迫を加えて、自発的な支払いを促すという間接強制という方法も考えられます。
履行勧告(家事事件手続法289条)
家庭裁判所に申し出て、裁判所から義務者に養育費を支払うよう、勧告してもらうことができます。
履行命令(家事事件手続法290条)
家庭裁判所に申し立てて、養育費を支払うよう、命令をだしてもらいます。
義務者が命令に従わない場合、義務者に10万円以下の過料が課されます。義務者が支払った過料を権利者が受け取れるわけではありませんが、義務者に心理的プレッシャーを与えることができます。



(※1)三段階の計算式(標準算定方式)
(1)基礎収入  = 総収入×0.35~0.43 (給与所得者の場合)
           総収入×0.49~0.54  (自営業者の場合)

(2)                   (子の指数) 
子の生活費 =義務者の基礎収入× ―――――――――――――――
                 (義務者の指数)+(子の指数)

(3)                    義務者の基礎収入
義務者の教育費分担額 = 子の生活費 × ―――――――――――
                      義務者 + 権利者
                     の基礎収入 の基礎収入

なお、(2)の子の指数については、義務者を100とした場合の指数で、
    子の年齢が  0~14歳の場合は55
           15歳以上の場合は90 となっています。

   従って、0~14歳の子1人、15歳以上の子1人の場合
                55+90
   義務者の基礎収入 × ――――――――――
              100+55+90
   という計算式となります。


(※2)公正証書に強制執行認諾約款が記載されたものに限られます。強制執行認諾約款とは、債務者(義務者)が支払いをしない場合は、ただちに強制執行を受けても異議がない旨の陳述したことを記載した条項をいいます。具体的には、次のような条項となります。
○○条 乙(義務者)は甲(権利者)に対し、○○条記載の養育費の支払いを履行しないときは、直ちに強制執行に服する旨陳述した。
参考文献平成23年 全国母子世帯等調査結果報告書 (厚生労働省)

(※3)http://www.courts.go.jp/tokyo-f/vcms_lf/santeihyo.pdf

 


以上
2015.11

 

2020年10月01日