1 ハラスメントのない職場環境へ
安倍首相は平成25年の4月に,アベノミクスの成長戦略の中核として「女性の活躍」を取り上げ,平成28年9月,いわゆる「女性の活躍推進法」を成立させました。これによって企業は自社の職場環境を女性が働きやすいものとするよう求められることになります。
女性が働きやすい職場づくりにはハラスメントへの対策は必須です。厚労省が発表した「女性の職業生活における活躍の推進に関する基本方針」でも,女性の活躍には,「両立支援制度利用の障壁や各種ハラスメントの背景となる固定的な性別役割分担意識の解消等によるハラスメントへの対策」が重要であると述べられています。
そこで,ハラスメントとは何か,ハラスメントが起こるとどうなるのか,どのような対策をすべきか,考えてみたいと思います。
2 ハラスメントの基本知識
⑴ パワーハラスメント(パワハラ)
ア パワハラの定義
パワハラとは,同じ職場で働く者に対して,職務上の地位や人間関係などの職場内の優位性(※)を背景に,業務の適正な範囲を超えて,精神的・身体的苦痛を与える行為又は職場環境を悪化させる行為のことをいいます(平成24年1月30日厚生労働省発表)。
※「職場内の優位性」は,「職務上の地位」に限らず,人間関係や専門知識などの様々な優位性が含まれます。
イ どのような基準でパワハラと認定するか
裁判例では,問題となっている行為について,民法上の不法行為を構成するほどの違法性を有する場合に当該問題行為はパワハラにあたり,行為者は不法行為責任を負うとしています。どのような場合に民法上の不法行為を構成するほどの違法性を有するといえるかは,パワーハラスメントを行った者とされた者の人間関係,当該行為の動機・目的,時間・場所,態様等を総合考慮して判断されます(東京地裁平成24年3月9日判決)。
この判断基準に従えば,例えば同僚間で一時的に仲違いし,その流れで無視をされたということがあっても,それが短期間のことだったような場合には,違法性はないと判断される可能性が高いでしょう。
⑵ セクシャルハラスメント(セクハラ)
ア セクハラの定義(男女雇用機会均等法11条1項)
セクハラとは,一般的に,「本人の意に反する性的な言動」をいい,具体的には,
(ア)職場において行われる性的な言動に対する労働者の対応により当該労働者がその労働条件につき不利益を受けること(対価型セクハラ)
(イ)職場において行われる性的な言動により当該労働者の就業環境が害されること(環境型セクハラ)
をいいます。対価型セクハラと環境型セクハラの例は次のようなものとなります。
✤対価型セクハラ
意に反する性的な言動に対して拒否したり抵抗することにより,その労働者が労働条件(解雇,降格,減給,労働契約の更新拒否,昇進・昇格の対象からの除外,不利益な配置転換などを含む)について不利益を受けること
例)事業主が労働者に対して性的な関係を要求したが,拒否されたため,その労働者を解雇した
✤環境型セクハラ
労働者の意に反する性的な言動により,労働者の就業環境が不快なものであるため,能力の発揮に重大な悪影響が生じること。
例)上司や同僚が労働者に性的発言を度々するため,その労働者が苦痛に感じて就業意欲が低下した
イ どのような基準でセクハラと認定するか
セクハラに該当するか否かを判断するにあたっては,被害を受けた人の主観を重視するのですが,一定の客観性も必要とされ,「平均的な労働者の感じ方」がセクハラ該当性の基準となります。
つまり,被害者と同じ立場に立った場合に,平均的な労働者であればそれをセクハラと感じることはもっともだと考えられる場合はセクハラと判断されます。
この「平均的な労働者の感じ方」というのは時代と共に変わります。固定的な考え方を持っていると,平均的な労働者の感じ方からずれてしまいますので,定期的に研修を実施するなどして「感じ方の共有」をすることが大事になります。
⑶ マタニティハラスメント(マタハラ)
ア マタハラの定義
マタハラとは,妊娠・出産したこと,産前産後休業又は育児休業等の申出をしたこと又は取得したこと等を理由とした,
①解雇その他不利益な取扱い(男女雇用機会均等法第 9条第 3項,育児・介護休業法第 10条)又は,
②上司や同僚による嫌がらせ(ハラスメント)
のことをいいます。
②は①と違って明文規定がなく,パワハラやセクハラと同様に,民事上の損害賠償の問題として処理されていますが,この点はまさに今,事業主に対し,防止措置義務を課す方向で立法化が進んでいるところです。
具体的には,就業規則で禁じたり,相談窓口の設置や社員研修の実施などを求める予定となっています。また,派遣社員も防止策の対象とし,違反した企業名の公表も盛り込む予定とのことです。今国会で関連法を改正し,平成29年4月からの実施を目指しています。
イ どのような基準でマタハラと認定するか(①について)
どのような場合に,妊娠・出産したこと,産前産後休業又は育児休業等の申出をしたこと又は取得したこと等を理由とした解雇その他不利益な取扱いになるのかについて,平成27年10月23日,最高裁ではじめて判断基準が示されました。
最高裁は,妊娠・出産,育児休業などを契機として不利益取扱いを行った場合は,原則,男女雇用機会均等法,育児・介護休業法に違反するとし,例外的に,
①当該労働者につき自由な意思に基づいて降格を承諾したものと認めるに足りる合理的な理由が客観的に存在するとき,
又は
②事業主において当該労働者につき降格の措置を執ることなく軽易な業務への転換をさせることに円滑な業務運営や人員の適正配置の確保などの業務上の必要性から支障がある場合であって,上記措置につき解雇その他不利益な取扱いを法令が禁止した趣旨及び目的に実質的に反しないものと認められる特段の事情が存在するとき
は,不利益取扱いにはならないとしました。
3 ハラスメント加害者や企業の責任
ハラスメントをした加害者は,民法上の不法行為責任を負い,被害者に対して損害賠償義務を負います(民法709条)。もちろん,ハラスメントにあたって暴行や強制わいせつなどを行えば,刑法上の暴行罪や強制わいせつ罪等に問われます。
この加害者の被害者に対する責任については,企業は加害者の使用者として,加害者と同じ損害賠償義務を負うことがあります。これが使用者責任と呼ばれるものです(民法715条)。
そして,ハラスメントが起こった職場では,使用者責任以外にも,企業は企業独自の責任を問われることがあるので注意が必要です。というのも,雇用主は,労働契約法上又は雇用契約に基づき,職場内で人権侵害が生じないように配慮する義務(ハラスメント防止義務)としての安全配慮義務があります。
この安全配慮義務に違反した場合は,企業は被害者に対して債務不履行責任(民法415条)又は不法行為責任(民法709条)を負うことになり,損害賠償義務を負うことになります。
過去の裁判例でも,企業が被害者のハラスメントの訴えを放置した,相談窓口の対応が不適切だった,ハラスメント被害を訴えたことに対して報復的処分がなされたような場合には,企業は被害者に対して安全配慮義務違反に基づき損害賠償義務を負うとした事例があります。
4 ハラスメント対策
このように,ハラスメントが発生すると,加害行為者本人だけではなく,企業も責任を問われることになります。ハラスメント対策は企業リスクの一つでもあるのです。
働きやすい職場づくりのために,また,企業のリスク対策のためにも,ハラスメント対策を実施しましょう。次の図では,多くの企業が実施しているハラスメント対策の一例をご紹介しています。
✤ハラスメント対策
- ハラスメントのガイドラインの制定及び周知徹底
- アンケート・研修の実施,社員への情報発信
- 社外・社内相談窓口の設置,窓口を機能させる工夫
- ハラスメントを行った者に対する懲戒処分,ハラスメントを行った者に対する再発防止のための研修の実施
- パーソナリティーの把握・データ化
- ソーシャルメディアポリシーの策定・周知
- メンタルヘルスプログラムの導入
5 おわりに
ハラスメントのない職場は,女性従業員だけでなく,全従業員にとって重要です。ハラスメントのある職場環境では,被害者だけでなく全ての従業員のやる気を失わせ,従業員の心の健康を害し,職場の風土を悪くするため,生産性を低下させる,優秀な人材が流出するという側面があり,企業にとってのマイナスも大きくなります。
ハラスメント被害者の権利保護はもちろん,企業のリスク対策として積極的に取り組んでいただければと思います。
以上
2016.3