遺 言 書 作 成 の す す め

1 遺言書の必要性

遺言公正証書の画像

自分の財産は、自分の自由に処分できるのが基本ですから、自分の相続の時も、自分の意思通りに、遺された人(相続人等)に引き継いでいってもらいたいと考えている人は多いのではないでしょうか。でも、相続の時、いくら事前に相続人等に対して分割や配分の方法を告げていたり、メモ等を残していたとしても、有効な遺言書がなければ、法的には何の効果もありません。その結果、相続人達が遺産分割協議で、自分の思いとは全く違う分割をしてしまうかもしれません。

また、娘の自分は介護をしたけれど、兄は家を建てる資金を援助してもらったなど、寄与分や特別受益などをめぐって遺産分割協議がなかなかまとまらないということは、よくあることです。いったん相続が「争族」となると、相手が身近な人であるだけに、感情的になって、協議が泥沼化してしまうケースが後をたちません。もしきちんとした遺言書があったら、ここまではこじれなかっただろう、と残念に思われるケースが多くあります。 

遺された相続人達が争うことなくスムーズに財産をひきつぐことができるよう、法的に有効で、争いを未然に防いだり、争う余地のないような、内容のしっかりした遺言書を作っておくことはとても重要です。 

特に次の場合に該当する方は、遺言書を作っておくことをお勧めします。

⑴ 法定相続分と異なった配分をしたい場合

例えば、何十年も音信不通の息子よりは、自分の介護をしてくれた妻や娘に法定相続分(注1)より多めに財産を遺したい場合は、遺言書で配分を指定しておく必要があります。

そして、特定の人に多めに財産を相続させることにより紛争が生じるおそれがある場合は、遺言書の内容を他の相続人の遺留分に考慮したものにする、遺留分減殺の方法を指定しておく、配分の理由を付言として記述するなどの方策を講じることにより、紛争を可及的に防ぐことができます。

⑵ 個人事業主で事業を承継させたい場合

個人事業主の場合、事業用財産は個人のものですから、相続の際は、事業用財産も相続の対象となり、法定相続分に従って細分化され、後継者が事業承継できなくなるおそれがあります。そのような場合は、後継者に事業用財産を相続させることを遺言書で指定しておくことが有用ですが、相続には税金がつきものですから、元気なうちに事業承継プランを弁護士や税理士などの専門家と相談しておくことが重要です。

⑶ 法定相続人以外の人に財産を遺したい場合

例えば、長男の嫁に長年介護をしてもらっているけれど、長男は既に他界している場合、長男の嫁には何も遺されません(長男夫婦に子供がいなければ、長男の嫁は、無一文で放り出される可能性すらあります。)。 

また、長年連添っている連れ合いでも、婚姻届をだしていない内縁関係である場合、特別縁故者として認められない限り、内縁の夫や妻は財産を引き継ぐことはできません。 

このように、法定相続人以外に財産を遺したい人がいる場合は、その人に遺贈する旨の遺言書を作成する必要があります

⑷ 相続人間の仲が悪い場合

遺言書がない場合、相続人間で遺産分割協議を行い、全員が分割案に賛成しないと、実際に財産を引き継ぐことはできません。 

また、相続税の申告期限は、相続が発生したことを知った日の翌日から10か月以内ですから、それまでに相続人全員による遺産分割協議が整わないと、相続税を相続財産から支払うことができません。

さらに、分割協議が整わず分割未了の場合は、「小規模宅地等の特例」や「配偶者の税額軽減の特例」等の適用をうけることができません。これらの特例により、例えば居住用土地建物については、一定の要件を満たせば、評価額を最大20%に減額することができますし、配偶者の相続分のうち、その法定相続分か1億6000万円のどちらか多い金額までは相続税がかからないという大きな節税効果が期待できますから、これらが使えないことは深刻です。なお10か月以内に分割できなくても、「申告期限後3年内の分割見込書」を添付すれば、申告期限から3年内に分割された場合、特例の適用を受けることができますが、一旦は特例の適用がない場合の相続税を納め、分割後に更正の請求をする必要があります。 

この点、遺言書があれば、相続人間の分割協議を経ることなく、指定された相続人が不動産や預金を引き継ぐことが可能ですから、相続税の申告もスムーズに行い易くなります。さらに遺言書に第三者の遺言執行者を指定しておけば、遺言の内容に反対している相続人がいても、遺言通りの内容を執行することができますから、手続きが円滑に進みます。

⑸ 不動産を所有している場合

不動産を所有している場合、不動産は評価が難しい上に分割しにくいので、相続人間で遺産分割協議をしようとしてもうまくいかず、相続争いに発展してしまうことが多々あります。 

財産に不動産がある場合は、引き継ぎ先や分割方法を遺言書で指定しておくことにより相続人達の負担はずいぶん軽くなります。

2 遺言書の方式

遺言書の方式としては、死が迫っている、または一般社会との交通が絶たれた隔絶地にあるといった特別事情がある場合を除くと、自筆証書遺言、公正証書遺言、秘密証書遺言の3種類があり、それぞれの特徴は次のようになります。

  自筆証書
遺言
公正証書
遺言
秘密証書
遺言
作成方法 遺言者が遺言の全文、日付、氏名を自書し、押印して作成 遺言者が遺言の趣旨を公証人に口授し、公証人がこれを記述して作成 遺言者が作成した遺言書に封を施し、遺言書が封入されていることを公正証書の手続きで作成
証人 不要 2名必要 2名必要
検認 必要 不要 必要

一般に、自筆証書遺言は作成が比較的簡単ですが、日付がない、押印がない、一部ワープロで作成されているなどの不備による紛争がおきやすい上、紛失しないように保管に留意する必要があるとか、検認(注2)手続きが必要であるなどの負担があります。 

一方、公正証書遺言は、作成にあたり費用がかかったり、公証人と面接したりと手続きが面倒な面がありますが、要件の不備による無効となるリスクがなく、保管の心配もなく、検認手続きも不要なので、一旦作っておくと安心です。 

そこで、まずは自筆証書遺言を作成し、内容が固まったところで公正証書遺言を作るというのも一案です。

秘密証書遺言については、内容を秘密にしておけるという利点はありますが、内容に公証人が関与しないので、要件不備により無効となるリスクなどは自筆証書遺言の場合と同じであることもあり、あまり普及していません。もっとも、公証人の費用が比較的かからず、自筆証書の場合と異なり全文を自分で書く必要がないので、字が書けない場合などは選択肢として考える場合もあります。

3 遺言書はいつ作成すべきか

最近は遺言書を作成する人もだんだん増えてきたものの、まだまだ遺言書を「遺書」というニュアンスでとらえて、いずれ作成する必要性は感じているものの、今作るのには抵抗感をもっている人は多いようです。

でも、遺言書は「遺書」とは全く違います。 
遺書は、多くの場合、死期が近づいてきた時に、死を意識しながら、身近な人等へのメッセージなど、自分の思いをつづります。一方、遺言書は、自分の財産をどのように配分するかなどを記述するもので、冷静な判断が必要ですから、病気や事故により、痛みや死期を感じながら書けるものではありません。

ですから、遺言書は元気なうちに書いておいた方が安心です。

もっとも、分割の方法や配分について考えが変わることもよくあることです。けれども、もし変えたくなったらまた書き直せばよく、内容の異なる部分は、新しい遺言書のもののみが効力をもつことになるので心配はありません。

また、まだ相続財産が増減するから作成できない、と思っている場合もあるかもしれませんが、包括的な文言や予備的文言などを使うことにより、財産の変動や増減があっても、再作成しなくてすむような遺言書を作ることもできます。

遺される人に自分の意思を実現するためにも、相続を「争族」にしないためにも、早めの遺言書の作成をご検討下さい。 

 

(注1)法定相続分
法定相続分とは、遺言書による指定がない場合に、法律の規定により定められている相続分のことをいいます。調停や審判による分割の場合はもちろん、多くの遺産分割協議の場面で分割の目安となっています。具体的には下の通りです(民法900条各号)。
⑴ 配偶者と子がいる場合    配偶者 1/2    子1/2  *子供が2人以上いる場合、それぞれの子供の相続分は人数割となります。  
*配偶者がいない場合は、子供がすべての財産を相続します。
⑵ 子はいないが
  配偶者と直系尊属がいる場合 配偶者 2/3 直系尊属1/3
⑶ 子と直系尊属はいないが
  配偶者と兄弟姉妹がいる場合 配偶者 3/4 兄弟姉妹1/4

(注2)検認
検認とは、遺言書の形式・態様などを確認して、偽造・変造を防ぐための手続きで、家庭裁判所に申し立てて、相続人などの立会いのもとで行われます。公正証書以外の方式の遺言書については、遺言を執行する前に検認が必要とされています(民法1004条)。

以上
2015.10