名 ば か り の 管 理 職

1 「名ばかりの管理職」とは

「管理職に昇進したら、責任は重くなったけど残業代が減って、給料が減った。」そんな矛盾を感じたことはありませんか。 

労働基準法(以下「労基法」といいます。)は法定労働時間(原則として1日8時間、1週40時間)を規定し(同法32条)、これを超える労働に対しては割増賃金を支払うことを義務づけていますが(同法37条)、同時に「事業の種類にかかわらず監督若しくは管理の地位にある者」(同法41条2項、以下「管理監督者」といいます。)に関しては、このような労働時間規制の適用を除外しています。
そしてこれを根拠に、管理職への昇進を理由に、残業代の支給をストップする企業もあります。

けれども、この管理職というのは、各企業が独自に決定する企業内の職制ですから、そのポストが管理監督者に該当するとは限りません。
労働基準法上の管理監督者に該当しないのに、企業内で管理職として扱われているがために、残業代が支払われていない場合は違法であり、これがいわゆる「名ばかりの管理職」の問題です。

この問題は、昭和50年前後から、銀行などの金融機関を中心にとりあげられてきましたが、最近になって日本マクドナルド判決(東京地判平成20年1月28日)を発端に、チェーン店の店長、工場の部長、学習塾の課長、理美容院の店長、県立病院の医師(部長)などの管理監督者性が、裁判所や労働基準署によって否定され、対象が業種を問わず広がりをみせ、社会問題となっています。

2 管理監督者とは

では、管理監督者とはどういう意味なのでしょうか。

労基法41条2項が、管理監督者を労働時間規制の適用を除外する趣旨は、管理監督者は経営者と一体の地位にあり、重要な職務と責任を有しているために、その職務の性質上、一般労働者と同様の労働時間規制になじまない一方で、勤務や出退勤について自由裁量を持つため、厳格な労働時間規制がなくても保護にかけることはない、という点にあります。

このような趣旨から、裁判所では、単なる役職の名称だけでなく、実質的に管理監督者に該当するかを判断していますが、該当性判断の要件としては、概ね次の3つを挙げています。

[1] 経営者と一体的な立場で仕事をしているか
[2] 自己の出退勤をはじめとする労働時間について、裁量権を有しているか
[3] その地位にふさわしい待遇がなされているか

3「経営者と一体的な立場で仕事をしているか」の要件

一番問題となるのは、「経営者と一体的な立場で仕事をしているか」という要件でしょう。  

表現が抽象的であるため、裁判所によってもかなり幅のある解釈がなされています。  

前述の日本マクドナルド判決では、直営店店長の管理監督者該当性が否定されていますが、判決の中で裁判所は、店長は「店舗運営において重要な職責を負っていることは明らかである」が、その「職務、権限は店舗内の事項に限られるのであって、企業経営上の必要から、経営者と一体的な立場において」、「重要な職務と権限を付与されているとは認められない」と判示し、管理監督者に該当するためには、あたかも企業全体の運営への関与を要する、と言っているかのようにも読めます。 

しかしそれでは、役員クラスでないと管理監督者に該当しないということにもなりかねず、要件が厳格すぎるのではないかという指摘もあるところです。

現に、東和システム事件(東京地判平成21.3.9)、ゲートウェイ21事件(東京地判20.9.30)、日本ファースト証券事件(大阪地裁平成20年2月8日)などは、担当する組織部分が企業にとって重要な組織単位であるか否か、担当する組織部分について、経営者の分身として経営者に代わって管理を行う立場にあるか、という観点から判断しており、[1] の要件を、日本マクドナルド判決よりは、緩やかにとらえています。

また行政は、通達において、[1]に相当する要件を「労務管理について経営者と一体的な立場な者」としており、企業全体としての経営方針の決定に関与することまでは要求していませんし、必ずしも企業全体の運営への関与を前提としない、都市銀行などの支店長を管理監督者としており、この要件を比較的緩やかにとらえている傾向があります。

しかしながら、日本マクドナルド事件の判断は東京地裁の判断のひとつであり、全国的に影響力が強い裁判所の判断ですから、仮に裁判沙汰になった場合、最高裁判決のない現状では、[1]の要件が、厳格な基準に沿って判断される可能性があることを認識しておく必要があります。(注1)

4 その他の要件

[2]の、自己の出退勤をはじめとする労働時間について裁量権を有していること、の要件についても、誤解が生じやすいものです。
この裁量権というのは、朝遅く出勤して夕方早く帰る、といった、いわゆる重役出勤が常時できるというほどのものではありません。管理監督者であればあるほど、法定労働時間の規制を超えて、勤務せざるをえない責任を有するものなので、担当業務の状況如何によっては、遅く出社したり、早退することが、自己の判断で可能であるかどうか、という程度のものとされています。

さらに、判断基準相互の関係については、[1] [2] [3] すべて充足しないと管理監督者とは認められず、[1] [2]が否定されると [3] がいくら高度なものであっても認められない傾向にあります。

5 各基準の判断要素

このように、「管理監督者」に該当するかは裁判例や通達で示された要件はあるものの、最終的には実態に即して、ケースバイケースで判断されざるを得ないのが現状です。

以下、裁判例や通達で触れられている判断要素を、各要件ごとに列挙します。

自分が、名ばかりの管理者にあたるのでは?、と疑問をもっている方は、参考にして下さい。

[1] 経営者と一体的な立場で仕事をしているか

下の項目が Yes なら、この要件を充足する方向に傾きます。

・職務内容や権限が、労務管理なども含む、事業経営上重要な事項に及ぶものかどうか

・事業経営に関する決定過程に関与しているか
 (会議の性質・参加者の発言力・関与の度合いなどから実質的影響力を判断します。(注2))

・経営計画・予算案・業務分掌立案などに関与しているか

・他の従業員の職務遂行または労務管理に関与しているか
 (部下職員の採用・解雇・人事考課、勤務時間割、シフト表の作成などの権限があるか)

・企業内の労働者のうち、管理監督者として扱われている者が、相当数に限られているか。(注3)

[2] 自己の出退勤をはじめとする労働時間について裁量権を有しているか

下の項目が Yes なら、この要件を否定する方向に傾きます。

・労働時間が所定就業規則に拘束されているか。

・労働時間の管理が、タイムカード、出勤簿の記載、出退勤の点呼・確認等によって行われており、これら の管理によって労働時間が拘束されていたか。

・遅刻・早退により賃金減額ないし罰金があるか。

・職員との交代勤務の分担があるか。

[3] その地位にふさわしい待遇がなされているか

下の項目の観点から、要件が充足されているかを判断されます。

・役職に見合った金額が対価として支給されていいるか。

・役職手当が実質的にみて、残業代の全部または一部として支給されているものではないか。

・企業内において、賃金の額がどのような順位にあるか。

・職位や資格が低い労働者と比較して、賃金全体の額がどのように異なるのか。

・労働者が役職者に昇進した際に、賃金全体の額がどのように変わったか。

6 企業側の対策

企業側としては、名ばかりの管理職が認められれば、その労働者の時間外労働、休日労働等に応じて、過去2年分の残業代を支払わなければならなくなる可能性があります。しかもその場合の単価は、管理職手当などを含めて算出することになり、かなりのまとまった金額となることもあります。従って、心当たりがある場合、放置しておくことは危険です。

そこで、名実ともに管理監督者に該当させるための対応策を列挙しますので、参考にして下さい。
(下記の他、グレーゾーンの場合は、残業をさせないことが最も端的な対応策ではあることはいうまでもありません。)

[1] 経営者と一体的な立場で仕事をしているか

・経営に参画する権限を与える

・経営会議への参画させる

・人事権(採用・解雇・考課権限)を付与する

・企業内の管理職の比率が大きくなりすぎないようにする

[2] 自己の出退勤をはじめとする労働時間について裁量権を有しているか

・時間管理をしない

・皆勤手当を廃止する

・遅刻・早退・欠勤に対して減給制裁を行なわない

[3] その地位にふさわしい待遇がなされているか

・管理職手当を、一般従業員の時間外相当分以上は支給する。

・管理職になったら月給が減るということを避ける。

・時間単価を算出した場合に、アルバイト等と同水準である事態を避ける。
(アルバイト等がいない場合でも、最低賃金を下回ることを避ける)

以上

注1) もっとも日本マクドナルド判決においても、原告は過労死しかねないほどの長時間労働を常時余儀なくされる一方、賃金面における処遇が、次位のアシスタントマネージャー(残業手当が支給されていた)に追い越されるケースもあるほど低額であったことも考慮され、この点が重視されたとも言われていますので、同判決も企業全体に権限をもっていることが必要不可欠な要件とは考えていない可能性は残っています。(同事件は高等裁判所で和解が成立しました。和解条項には、原告は管理監督者に該当しないこと、日本マクドナルドが解決金1000万円を支払うことが明記されました。)

注2) ただし、センチュリー・オート事件《東京地判平成19年3月22日》では、経営会議やリーダー会議で意見を発したか、または、意見を発した場合の影響力の有無といった事情は、管理監督者該当性を判断する上でさほど重視すべきものとはいえないとしています。自己の意志で怠業すれば、管理監督者に該当しなくなるという不都合を防ぐ趣旨と思われます。

注3) 例えば静岡銀行事件《静岡地判昭和53年3月28日》で裁判所は、銀行側の言い分を前提とすれば、銀行の男子行員の40%の者が管理監督者に該当することになるが、それはまったく非常識な結論となる、と指摘しています。また東建ジオテック事件《東京地判平成14年3月28日》でも同様に、半数以上が管理監督者に該当することは不自然と指摘しています。

2012.10/ 2015.7補